ツ視

June 0362012

 勇魚捕る船や遠見の大瀑布

                           尾崎青磁

上の船から遠望できる大瀑布(だいばくふ)=大きな滝は、紀州和歌山の那智の滝と思われます。那智の滝は、飛瀧(ひろう)神社の御神体です。鳥居の向こうに拝殿はなく、参拝者は、数十メートル先の那智の滝をじかに拝みます。那智の滝の涸れる時は、この世の終わる時、という言い伝えがありますが、たしかに、滝の周囲の熊野古道の森も、生物も、人間も、水が涸れてしまえば生きられません。これは、日本各地で太古から続く自然信仰のもっともわかりやすい姿です。勇魚捕る(いさなとる)は、万葉集では「鯨魚取」と表記され、海にかかる枕詞として用いられていますが、掲句は、実際のカツオ・マグロ漁のことでしょう。紀州勝浦港から熊野灘に出た漁師たちが 、山あいから落ちる 那智の滝を遠くに見て、また、見守られて漁をしている姿です。生きる糧をじかに手でつかみ取り、漁の安全を大瀑布からじかに見守られている営みを、作者は、熊野那智大社の隣、青岸渡寺あたりから遠望していたのではないでしょうか。その視線は、はるか万葉時代よりも先に遡る、遠いまなざしになっているのかもしれません。那智の滝は、那智川となり、那智湾へと注いで海になります。蛇足ですが、この近くで、博物学者・南方熊楠は、粘菌類の発見と写生に没頭しました。つねに、携帯用の顕微鏡と画材を持って森を歩いていたそうです。「現代俳句歳時記・夏」(2004学研)所載。(小笠原高志)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます